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~「この人、この曲」探訪の旅~

第5面第5面 福原徹の「孤雁 ―富樫左衛門のこと」

さて「孤雁」。
――創邦の演奏会では、こういう「ことば多め」で大きめな作品はあまり手掛けていないように思うのですが、どうでしたか?

福原 徹:「曲をつくるときに、ことばがある方がイメージはしやすい。ただ、ことばにやっぱり振り回される。「孤雁」はそういうところがあったと思うし、でもぼくはことばが付いているものは、歌詞がちゃんと聞こえないと嫌なんですよ。ことばに縛られているというか、よく言えばことばを大事にしているといいますか。
一方で、ことばから離れて器楽的に追及しなきゃいけないということもある。こないだの「孤雁」の反省点はそこです。三味線を持たせておきながら、三味線で語るところがもう少しあってもよかった。笛の曲、三味線の曲という部分をつくるべきだったと反省しています。」

――私からすれば、淡々と最後まで行ってしまったのが計算違い。富樫が義経にシンパシーを感じて奥州まで後を追って行ったのに、相手にされなくてがっかりするところが、サラッといっちゃいました。そこに歌詞がもう一行あればよかったと思って、反省しています。

徹:「それは難しいところだと思います。そこをたくさん語ればドラマとしては盛り上がるけど、ちょっと過剰というか芝居っぽくなっちゃうと思う。能だったら舞がある、動きがあるところですよね。演劇的にドラマティックにはできるんだけども、そもそも新作能じゃないようにしようという気持ちだったでしょ。」
「そのためにはもうちょっと三味線を出さないといけなかった。あの作品は、あくまで主役は山登さんですからね、小早川さんがシテなんだけどシテじゃないっていうのがミソなんだ。だとしたら舞うわけにはいかないから、三味線で、もっと歌うところがあってしかるべきだった。」

――三味線がもう一挺あればよかったでしょうか。

徹:「そうねえ、でもそれはしたくないと思った。普通の形に近くなるでしょ?それが嫌だったんですよ、歌があって合方があって、地歌でいうと、歌、手事、歌、みたいな手順にするのがね。だから最後に三味線の調子を下げることをやってみた。しかしもうちょっと周到にやらなきゃいけなかった。」

――周到に、ですか。

徹:「今回は囃子に頼り過ぎちゃった。山登さんは元番卒で三味線と歌、小早川さんは富樫で謡でそこに囃子をつけた。一方で、効果音的な扱いも囃子にさせちゃった。両方させちゃったのが反省点です。曖昧にしてしまいました。」

――ああ。邦楽の囃子は説明的になりやすいですものね。

徹:「聴く人は、芝居のように聞くならわかりやすくなったでしょうね。でもその代わり、普通になっちゃう。さっき言ったように、囃子が入った途端に、囃子の人が悪いとかじゃなくて、みんな同じように聞こえてしまいます。それを忘れていたわけではないけども、自分の番になると、どうしても雰囲気を出そうとして使ってしまう。
それと笛自体が、囃子が入ったことによって、囃子に合わせた吹き方になっちゃうんですよ。囃子の笛になっちゃうわけ。」

――たしかに今回聴いていて、笛は囃子グループの一員だなあと改めて思ったんですよね。

徹:「謡、三味線、笛の三人だったら対等になったんだけど。あの構成だったら対等であるべきだったと思いますので、今度もしチャンスがあったら三人でやりたいと思います。ぼくは自分の会でやりたいと思っているんですよ。
実際、関守がどうなったのかはすごく気になることだし、今回組ませていただいて結果的には良かった。初演してみて、これが最終段階ではなく、その取っ掛かりができたとも思います。先へ向けての手応えも感じましたし。」
「歌詞は、金子さんにずいぶん書き直してもらいましたね。とくに最後のほうね。ぼくがやろうとしている路線でいくと、ああいう歌詞が欲しかった。最終稿ができてからはすごくつくりたいという気持ちが出てきた。だからまあ、舞踊でも芝居でもなく、能でもなく、難しいですが今後どうにかしたいと思っています。」

有難いことにお客様からの反応は上々だったが、残念な思いの残る初演だった。しかし改善すべき点も見通しも立っている。次が待たれる。

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