

~「この人、この曲」探訪の旅~
第5面第5面 福原徹の「孤雁 ―富樫左衛門のこと」
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実はだいぶ前から、徹は創邦で小さい編成の曲の演奏会してはどうかと静かに繰り返し主張していた。
「ぼくが小編成を好むというか、大編成が嫌ということではないのですけど、自分自身が作曲の勉強をしていた人間でないので、大きいのはつくりにくいというのが元々あるのですけどね。
以前、自分が出なかった創邦の演奏会を客席で聴いていて、みんな個性がある作品なのに、囃子が入るとそれが薄まると思ったんですよ。お囃子が悪いのでなく、附け方が悪いわけでなく。
邦楽にはひとつひとつの楽器の音の面白さ、演奏家による違いの面白さがあって、それが魅力であるんですが、編成を大きくすればするほどそれが薄まる。清元栄吉さんに期待しているのは、彼なら薄まらずに大きいものが書けるんじゃないかというところ。」
「一音成仏と尺八でいうけれども、邦楽器は一音で世界がつくれると思う。それをなにも手放さなくてもいいんじゃないかという気持ちがあって。
これは一方で演奏家に頼っている部分があるし、ぼくのつくる笛の独奏はぼくが吹くから成り立つ部分がある、それは作曲としてどうなのと言われると忸怩たるところがあるのですが、今のぼくの立ち位置は、自分が演奏する、自分がいいと思う人と一緒にやる、それが今ぼくがいちばん関心がある、興味があること。やりたいことです。」
この「孤雁」もそうだが、自身のやりたいことがよくわかる人選をする。それぞれが名手なのはわかっているが、この人とこの人がこの舞台で一緒になったらどうなるのだろう?とワクワクさせる座組をする。
「新作って面白がってやるものと、怒られたり違う違うって言われながらやるものとあるけど、演奏者には面白がってやってもらいたい。新作だって演奏家の顔が見えてこないとつまらないと思うんですね、その人の曲にならないと。力量のある人とやって、その人のポテンシャルを突ける作品にできたらいい。」


