トップページ > ヨミモノ > [創邦Q面] 第1面 松永忠一郎の「蟬丸」

ヨミモノヨミモノ

創邦Q面

創邦Q面

~笛吹き同人福原徹が往く「この人、この曲」探訪の旅~

第1面 松永忠一郎の「蟬丸」

――じゃあ忠一郎さん的には、「蟬丸」とか「鵺」のような、古曲風の弾き唄い路線でいくと。

忠一郎:ええ。やりだしてまだ二つですしね。まだ完全に洗練されていないので、どうせやり始めたんですからそれを完成させたい、完成なんてないでしょうけど、もうちょっとうまくやりたいっていうんですかね。それには何曲か必要なんですよ。だからお決まりの手があってもいいし、同じような手があってもいいんだけど、それなりに洗練させていきたいなと。

――でね、すごくおもしろいところなんだけれども、古曲が好きな人は古曲に浸って生きていくわけじゃない?作ろうと思う人は少ないと思うんですよね。作る人はどっちかというとわりと新しめのものを作ろうとする。つまり古曲のようなのではないかんじのものを作ろうと考える。忠一郎さんは、古曲の方にはまっていて、古風なものを作りたいっていう。そこの辺りはどういうふうに繋がるんですか。

忠一郎:なんでしょうね、まあレトロなものが好きな人っているじゃないですか。

――ああ、好みが。

忠一郎:好み。ただの好みなんでしょうね。でも昔バンドをやってた時から、バンドっていうのは必ずみんな自分たちで曲を作るわけで、だから三味線で商売人になりだした時も作ることが前提でやっていたってことはあります。

――だから忠一郎さんにとっては、作ることについて、弾くことと切り分けるってことはないんですね。

忠一郎:うん、そうですね。ちょっとしたフレーズくらいでしたら、本格的に長唄をやりだした頃から作ってましたし、まあ、大袈裟に言うと作るために長唄をやっているみたいなもので。最初は普通の「ありもの」(=古典曲、いわゆるスタンダード・ナンバー)を勉強する。それってまあ、文化文政から明治くらいまでの曲がほとんどですよね。そのうちに古曲やりだして、なんか発見したというか、好きなものに出会ったという感じがしましたね。

――古曲をやったのは、新しいものを作るためのネタ探しとかいうことではなくて?

忠一郎:あ、それももちろんあります。作ることが大前提で、そのためには幅広く知らなきゃいけないと思ったので。 あのー、古曲に入ったきっかけはそんなに大したものじゃなかったんですけどね。兄貴(松永忠次郎)が先にやっていて、「弟さん三味線弾きなんだったら連れていらっしゃい」って先生に言われたらしくて、あんまり興味なかったんですけど、「助六だけ浚っておいで」って言われて行ってみたんです。20代半ばくらい、創邦に入る前です。で、勉強していくうちにおもしろくなった。 でも河東節の中でも、初めにやるものは割と新しいものが多いんですよ。

――習い始めたときの印象はどんなかんじでしたか。

忠一郎:まあぼんやりと、長唄より古いものだみたいなイメージはありました。地歌もそうですけれど。どこかで憧れるというか、古いもの、確かなものっていうか、そんなふうには思っていました。

――そうすると、それまでやっていた普通の長唄にはない何かがあったわけですよね。

忠一郎:だと思うんですよね。普通の長唄も古いものは古風ですよね。長唄もどんどん変わってきたわけですよね。歌舞伎の演出が変わっていったりすると踊りの在り方も変わってくるので、そういうので音楽も自然と変わっていきますよね。それで、なんとなく自分の好みでは変わる以前の古いものの方が、好みだったんですね。

――それで、古曲を習い始めたときに、そういう長唄の古いものと通ずるものを感じたわけですか?

忠一郎:そうですねえ。

――そういうものを勉強されて、長唄を演奏される。それの影響というか、変わるものってありますかね?

忠一郎:ま、違いを感じるようになったし、時代を感じるようになりましたよね。

――古いものをやったことで、違いを考えるきっかけになったと。それは長唄をやっていて迷いがあったとか、裏付けが欲しかったからということだったりはしないですか?

忠一郎:やっぱり、作りたかったっていうのがあったんですね。それにはまず新しいものから古いものから知らなきゃいけない。新しいものは、普段演奏してますから自然に習得できる。古いものは努めてやらないとわからないですからね。 それで、最初のころはその古いもののかんじを使って新しいのを作りたいなと思ってやっていたんですけれど、そのうちに、自分がもうそのものをやりたくなっちゃったんですよね。

――じゃあ、初期の作品にも古風さはもう入っているわけね。

忠一郎:入ってますね。古曲風であることは意識していました。

――でも長唄の体裁をとっていたと。

忠一郎:ええ。

――でもそれがここへきて、「蟬丸」くらいからはもう・・・

忠一郎:そう、もうそのものになりたくなっちゃった。 ぼくが「蟬丸」でこれ、・・・ツン ツツン シャン、としないで、ツン ツ ツン シャンとかいうふうに変な間を入れたのは、そういうのが半太夫節とか河東節、特に初代河東の曲に多いんですよ。それを真似て。河東がそういうつもりでやってたわけじゃないでしょうけど、今の長唄は完全に整理されて綺麗にいくようになっているから、それを崩すと。すると輪郭がぼやけてすこし古風になる。で、ひとしきりやってまたコシツイて。また同じようなかんじでひとくだりやって、同じようにコシツいて。また始めて。それがだんだん終わらなくなって盛り上がっていきましょう、みたいなふうに作っています。

――ちなみに河東節の中でお好きな曲というと・・・?

忠一郎:やっぱり初代の曲が一番骨太なかんじで好きですね。でもそれは河東節の中でもあんまりやらないんです。

――河東節のなかの古曲、みたいなことですかね?(笑い)

忠一郎:そうですね。一般受けはしないけど、なにか独特な雰囲気がある。

――初代の曲っていうのは具体的には。

忠一郎:「松の内」っていうデビュー曲、それから「神楽獅子」。あとは「砧」とか。

――知らないです、踊りの会なんかでも見ませんね。

忠一郎:まあ出ないです。

――でも好きなんですね?

忠一郎:だ・け・ど、いい。もうほんとに。骨太で、あんまり変化がなくて、とにかくいいんですよね。そういうのを好んでしまったのが因果ですね。 希望は、自分がなりたいものといえば、今まさに歌詞を見て、そこでいきなり弾き出して、それであの雰囲気を出せるようになりたい。即興でまとまりのある一曲ができるかっていうのが一応自分の目標があって、それになるためにいっぱい作っていくっていう。

――吟遊詩人みたいだ。

忠一郎:でもそれができないと。それができてこそミュージシャンかなっていう気がしますね。昔の検校さんとかも、きちっとした一段を作りながら、わりと即興でやってたらしいですね。しかし検校さんって、歌詞って読んでもらっていたんですかね?

――まあ、読んでもらっていたか、覚えているか、自分で作るかでしょうかね。すごいですよね、そうやって考えてみると。

忠一郎:うん。・・・なりたいものはそれ。それができるように、できるくらいに鍛えて、作り方を。作るってことを。 だけど、やってみるとなかなかうまくいかないんですね。それで今ちょっと躓いている。古っぽい手を使えばいいっていうわけじゃなくて、全体でその雰囲気が出なきゃいけないので、それがほんっとに難しいですよね。 最近は「ありもの」の手も使うようにもなりました。最初の頃はなるべく定番のパターンを使わないで、全部オリジナルでいこうと思っていましたし、最初の「梅若涙雨」のときは、古っぽいものっていうよりは格調のちゃんとあるものを作ろうと思っていたんですけれどもね。

――やっぱり長唄にしても河東節にしても、残っている曲ってかなり名曲なんですよね。その陰に無数の曲があってね。その中で選り抜きの、弾いてよし、唄ってよし、踊ってよしというものが残ってきたわけでしょう。それに匹敵するものを作ろうったって、そりゃなかなか難しい。でもそれだからといって、諦めちゃうというのもつまらないわけで。

忠一郎:ま、でも今でも、何の世界でもいるんじゃないですかね、そういう昔のものに惹かれて、そういうかんじが出る物を作りたいと思っている人。これ昔からあったんじゃない?って思われるようなものを作りたいと思っている人は。 なにしろ同じことを繰り返している、ずーっと。で、だんだんだんだん早くなっていくんですが、それを昔の人は計算して作っているのか。同じかんじ、同じようなかんじで繰り返していてこーうなっていく(指でくるくる螺旋状に山型を作って)っていう、その運び方っていうのが、もしかしたら昔はあったのかもしれないですね。 今はどんどん変えちゃって、これでもか、これでもかって次々やるんですけど。

――今は、言うなればハリウッド映画みたいですからね。

忠一郎:そうでない方法が昔はちゃんとあったのではないかなって思うし、それができたらいいなと思っています。 曲のかんじとしては、江戸風、半太夫というか河東というか、どんなってきちんと言葉にできないですけど、あのちょっと凛としたところがあって。それで三下リの長唄のちょっと憂いのある、あの柔らかいかんじがあってっていう。そういうのをいけたらと思うんですね。それが、自分がやりたいことです。確立させたいと思っています。たぶん自分でもまだ完成したスタイルがわかっていないんです、だから迷っているということもあると思います。でもやっぱり、憧れがあるんですよね。

(2018年4月)

ききて:福原徹、編集:金子泰

創作Q面 創邦11面相
ページトップへ

創邦21

創造する 邦楽の 21世紀