夏のおもいで 創作Q面 創邦11面相

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ヨミモノ

創邦Q面

第1面松永忠一郎の「蟬丸」

初演 創邦21第14回作品演奏会
(2016年11月)
作詞 金子泰
作曲 (一)松永忠一郎/ (二)福原徹
演奏 (一)松永忠一郎(唄・三味線)
(二)福原徹(笛)、小早川修(謡)

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――前回のインタビューシリーズの「創邦11面相」でも第1回は忠一郎さんだったのですが、お話を聞いたのが2014年の12月でしたので、もう3年半近く経ちました。あれから何か変化はありますか?

松永忠一郎:変化というか、あんまりもう最近、発想するものもなくなってきていますのでね。

――以前は創邦の演奏会のたびに、すごく早くから曲ができているし、それから本番になると暗譜もしていてね、それでみんな驚異的に思っていたわけですけど。

忠一郎:そういうエネルギーはもうね・・・今はあんまり粘らずというか粘れずというか、だから逆に曲はスッとできちゃう感じですかね。で、仕上げは(演奏会の)間際まで置いておく。それまでも何となくずっと考えながら過ごしてはいるんですけどね。

――では、定まってきたとも言えるのではないですか?

忠一郎:いやあ、もう結局、自分にやれることは自分自身が勉強してきたことだけなので、その中で勝負して、自分に出来る範囲でやろうというかんじですね。

――以前とは変わってきていると。

忠一郎:以前は、何かひとつでもワンフレーズでも、これを使おうって決めたらそれを曲の「ここだ」というところに置いて、その周辺もけっこう根気よくそれに合わせるようにして、全体をひとつカッチリと作っていたんですけれど、それがだんだんとアイデアだけになってきちゃって、あとはいつもの手順でいいやみたいになっちゃった。それからまた最近は、そのアイデアもなくなってきちゃったかんじがしますね。 でもそういう中でも、創邦があるお蔭で、作ることを続けられているっていうこともありますね。

――そして作る作品も、初期のころはいわゆる長唄っぽいものにお囃子を入れてカチッとしたものを作ってらっしゃったけど、最近はたとえば前回演奏会(第15回)の「鵺(ぬえ)」にしてもその前の「蟬丸」にしても、合作であったり、自分のところも短かったり、シンプルな構成であまりいろんなことをせずに、しかも弾き唄いで、となさっている。ご自分で見て、作品のカラーが変わってきたという感覚はありますか。

忠一郎:あのー、ここのところ、前からの古曲に加えて、長唄の「復曲」という作業に参加させてもらって勉強させていただいていまして。古い長唄で歌詞しか残ってないものを、正本(しょうほん=長唄正本。江戸時代、作品上演時に出版された唄本)を見ながら、その周辺の資料も教えてもらいながら、そもそもの作曲者がどう作ったかを考えて復活させようということなんですけど。それにちょっと関わりだして、そっちの方に興味が行っちゃっているんです。 今まで、古典的な枠の中で新しい雰囲気のものを作りたいと考えていたのが、どっぷり古風なものの方に気持ちが行っちゃった。

――考古学に行っちゃってるっていうかんじかな。

忠一郎:あ、そうです。そんなかんじですね。

――昔の作品を研究しだして、新しく作るのが嫌になっちゃったっていうわけではないんですよね?

忠一郎:わけじゃないんですけど、まあ、研究というか勉強しだして、いろいろ見聞きしたり自分でも調べたりしているうちに、自分が今までやってきたものって本当に意味があるのかなって、このままやっていて面白いのかって、疑問に思いだしちゃったんです。 古風なものには、今の人にはなかなか再現できない魅力があるんですよね。新しいものってなんとなくスッと理解できるところがある。だけど、あんまり流行らなかったすごく古いものって、今の我々からは想像ができないことをしている。あっ、こういうかんじって出せないや、できないやって思ったときに、やっぱり、ちょっと力が抜けてきちゃったかなと。

――そういうので、なんとか作ってやろうとか思わないですか?

忠一郎:そう思って、「蟬丸」をやったんですけどね。

――上手い具合に「蟬丸」に話がきた(笑い)。

忠一郎:「蟬丸」は、そういうふうに自分が変わりだして、それを実際に作品に出した最初のものですね。それまで曲の中にしのばせていたものを、わりとボーンと、考えていることをそのまま出しちゃったわけです。

――自分が一番関心を持っている古風なものを、ストレートに作品に反映させているという。

忠一郎:ええ。以前僕が作っていたのは、面白い展開をどんどん作っていこうというものだったんですけれども。 それに対して古風なものって、同じことがずーっと繰り返されていて、聴いているとその中からぼんやり雰囲気が出てくるみたいなところがあるでしょう?

――「古風なもの」っていうのはつまり、長唄の中でも古いものってことですよね。たしかに、「つまらないけど面白い」みたいなところがありますね。

忠一郎:そう、それをやりたいんですけど。それを作るのってちょっと難しいわって思ってしまった。そもそも、昔の人がどう思っていたのか、どう作っていたのか、どういう感覚だったのか、そういうのってもうわかりっこない。そうすると、わからないので意欲がなくなるというか途方に暮れるんですよね。

――でもそのわからないところがあるからこそ、作ろうという気持ちになることもあるかもしれませんよね。

忠一郎:僕はいったい何を作ろうか、古風なものがいいからといって、ただそれを真似てみたところで果たして今何の意味があるのかと思ったりして、そこから自分なりに決着つけての「蟬丸」なわけです。

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