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創邦Q面

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~笛吹き同人福原徹が往く「この人、この曲」探訪の旅~

第1面 松永忠一郎の「蟬丸」

――前回のインタビューシリーズはその「人」に焦点を当ててきたんですけど、今度は一人にひとつ作品を採り上げて、そこから話を聞いていこうということにしました。本当はそれぞれの人に「私の一曲」みたいなものを選んでいただいて語っていただくのが筋だとは思うんですけれども、それもなんだかつまらない気がして、もうこっちで採り上げる曲を決めちゃったんです。 それで、忠一郎さんには創邦21の第14回演奏会で発表なさった「蟬丸」のことを中心にお話を伺おうと思うのですが、そもそも「蟬丸」をやるきっかけっていうのは・・・僕も当事者だし金子さんも当事者なんですが、あれ、一番初めはどういうことでしたっけ?

忠一郎:どうでしたっけねえ?なんで「蟬丸」だったんでしたっけ?

金子:それは、お二人でやることが決まって、私が蟬丸を題材にしましょうと提案したんだと思います。

――その前の演奏会、第13回では何を出品なさったんでしたっけ?

忠一郎:あれはみんなで再演した回でしたね。ぼくは「梅若涙雨」をやりましたし。

――そうかそうか、ぼくは「キリエ」をやりましたしね。再演曲で揃えたので、次の第14回には新しいのを作って出そうということになっていたんでしたね。でも僕は創邦の公演と同じ月に自分のリサイタルもあったので、合同曲で何人かと練り上げて合わせていく時間はないし、かといって一人で一枚看板を背負ってやるのもしんどいなというのがあった。

忠一郎:ぼくは弾き語りのものをやろうと思っていたんですよね。でも創邦の本公演でいきなり弾き語りで一人で一番出すのがね、全体の番数のこともあるし、さてどうかなと思ったりしていました。

――それで組むってことになったんでしたよね。

忠一郎:そう、ひとりでやりたい人が二人いたから、同じ題材で、一、二として。

――組むけど組まない、みたいな。一緒に作るわけでもなくて。

忠一郎:もうね、なんかすごくベストでしたね(笑い)。

――フハハハ。今考えると、二人が全然似てないわけですよね。対照的。で、またぼくが謡を持ってきたわけじゃないですか。

忠一郎:たぶんね、その前の回で再演をしたことが自分の変わり目になったのかもしれないです。行き詰った感もある中で、過去を振り返ったことが。

――その次なので迷わずこれに行ったと。

忠一郎:まあ弾き語りなので、ある意味どうにでもなるっていいますかね、精神的にも楽だったし。

――それで金子さんに詞を作ってもらいました。どんなかんじでした?これでいけそうって思いました?

忠一郎:歌詞を見てこれでいけそうかっていうのは、作ってみないとわからないところもあって。基本的にはぼくは古典調のものが好きで、それを大前提で作ってもらっていますのでね。

金子:古典調の正味の蟬丸の話のところと、そうではない今ここで松永忠一郎が語っているみたいなところがあればいいんじゃないかと思って、古典調じゃない歌詞のところを作ってみたのですが、いや全部古典調で行ってくれと言われたのを覚えています。

――ぼくは忠一郎さんの弾き唄いって面白いと前から思っていたんですよ。以前、試演会ででしたか、なさいましたよね。それで、この「蟬丸」は、やる前からきっと面白いだろうと思った。もう琵琶法師そのものだとね。

忠一郎:そうそう、思い出した。琵琶法師という言葉で思い出したんですけど、そのころちょうど琵琶法師や説経、平安末期から室町時代の芸、中世の傀儡とか白拍子とか、ひとりでやる芸とか芸人、そういうものが書かれた本を読み漁っていたんですよね。つまりそれって結局、われわれのやっている音曲、長唄にしろ、河東節にしろ、それの遠いルーツになるわけですよね。 その辺のことを知らなくちゃいけないなって、何か新しいことを生みだそうっていうよりも、ここですこし振り返って古いものを知らなきゃなって思っていたときだったのかもしれませんね。それが、アイデアも尽きる、なかなか新しいものも作れないっていうのと同じ時期だったのかもしれません。

――忠一郎さんは遡っていったときに、楽器を変えるとかっていうことは考えなかったですか。たとえば琵琶をやってみるとか。

忠一郎:ええ、琵琶もちょっと興味は持ったんですよ。「蟬丸」もね、平家琵琶のあのかんじが出したくって最初それで前弾きだけ作ろうと思ったんです。ですけど、思いとどまった。これ三味線の曲だし、琵琶のまねをして作るのはちょっと違うんじゃないかと思って。はっきりしたものを作らないと変なものになりそうな気がして、最初はチャンで始めて、鼓唄風にした。古い長唄の曲ってわりとそういうのが多いじゃないですか、「執着獅子」もそうだし。それでいこうと思った。で、これは長唄の手にこだわったんですよ。ちょっと河東節由来の匂いも入れているんですけどね。

――当然長唄の中にもそういう古風な要素ってあるわけですよね?新しい曲(新作)の中にも、ちょっと入っていたりするものもあります。そういう、新しい中に古風なものが入っているのもおもしろかったりしますけども。

忠一郎:します。でも新しいものって、古いものを「入れました」とか「使います」っていうのがわりとはっきりわかるんですね。そうじゃなくって、全然つなぎ目のない感じで古風な雰囲気が出てくるようになりたいと思ったんです。

――「蟬丸」を作って、その行き詰まりは多少前へ進みましたか?

忠一郎:作った時は、ああ、ぼくはこれで行こうと思いましたから(笑い)。

――なるほど。

忠一郎:「蟬丸」はね、自分が勉強してきた河東節、まあ江戸浄瑠璃。それと「執着獅子」とかの三下リでできた古い長唄。それを合体させて、三下リで江戸節でっていう、つまり江戸節としてはちょっと柔らかい、あくまで長唄っぽいっていうようなものをやりたかったんです。両方とも自分の体にあるものの合体なんですけど。でも、そういうのって合体させたらどうなるだろうと思いついてやったんです。「三下リ江戸浄瑠璃」とでもいうか。自分なりに、そのとき「これでいけたら」って思いました。だから終わったあと、もう一回次もこういうのをやりたいと思って、それで次の「鵺」に行ったんです。

――スタイルとして既に「そのかんじ」になっていたと思いました。今、器楽的なかんじで曲を作る人が多くなってきているし、そうすると編成が大きくなる傾向が多いんですけど、わりとミニマムな自分ひとりで完結するものを作る人って、少ないということもあるし。

忠一郎:だんだん立派になっていく人と、こうやって自分一人になっていく人と(笑い)。タイプはいろいろですからねえ。

――忠一郎さんの中にそういうものへの志向がある。古曲がお好きなわけだし、長唄でも古いものがお好きなわけじゃないですか。だからそっちに行くんでしょうね。その路線で新しく作るのはたいへんな作業ですけれども、それでできたら面白いですよね。

忠一郎:「蟬丸」はぼくとしてはわりと上手くいった方なんですよ。それで少しだけ勢いがついてきた。でもねえ、次の創邦演奏会で「鵺」作ってみて、自分ではねえ、ああ足りないなあって、ちょっと挫折したんです。

――どうだろう、「鵺」。忠一郎さんと政貴さんとぼくと3人で作ったでしょ、3人になって複雑になったし、僕自身でいうとね、「蟬丸」とどう変えるのかっていうのがすごく大きくて、そこの結論が出ないままスタートしちゃったし、逆に言うと変えよう変えようとしすぎちゃったっていうところもあって、仕掛けの方にこだわったといいますかね、それが反省点ですね。「蟬丸」の方がシンプルに曲に入りこめた気がしていますが、「鵺」は二番煎じにならないようにという気持ちがあって、そこで変に構えちゃったっていうか。その動揺って他の人にも微妙に伝わるじゃないですか、それで多分忠一郎さんが作るところにも伝わっちゃったんじゃないかと思うんですが。

忠一郎:いや、伝わるっていうかね、ぼくも同じように思ってました。やっぱり二回目っていうのは、前と同じにならないようにって思っちゃいますからね。

――でも「蟬丸」は初めての試みで、当事者の感覚ですが、わりとストレートにいきましたよね。

忠一郎:あの作業なら、あのかんじでやっていくのなら、自分の伸びしろももうちょっとあるんじゃないかって思うんですよね。

金子:むしろあの形をもっと続けてやってみていいってことですね。

忠一郎:そう、ぼくもそう思っています。またやりたいなって。ある程度の作品群を作って、同じようなかんじの曲があるよっていうのをしたいなと思うんですよね。いくつか作って、シリーズにしたい。

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