夏のおもいで 創作Q面 創邦11面相

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ヨミモノ

創邦Q面

第3面第3面 清元栄吉の「触草~クサニフレレバ」

初演 創邦21第4回作品演奏会
(2003年5月)
作曲 清元栄吉
演奏 中村仁美(篳篥)、福原百七(笛)、中川敏裕(箏)、西陽子(十七絃)
清元栄吉、松永忠一郎(三味線)

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――今回のシリーズは、「この人、この曲」ということで、作品をひとつこちらで選んで、そのお話を中心にしていろいろ伺っていこうということなんです。
栄吉さんは、これはたぶん、この曲を選ぶのは僕だけじゃないと思うんですが、「触草(クサニフレレバ)」。平成15年(2003)の第4回 創邦21作品演奏会で発表なさいましたが、こういう形を他の人が作るっていうことはまずないという、栄吉さんならではのものですね。
そもそもこの曲を作ったきっかけから伺いたいのですけれども。

清元栄吉:創邦の作品演奏会の1回目、2回目、3回目と、僕が作ったのは《唄もの》だったのですね。洋楽すれすれみたいなことは、僕は出身が出身なだけに(※)、なるべく避けてたいと思ってたんですけれども、四回目だしそろそろ器楽曲をやってみたいなと考えた覚えは、あるんです。それと、中村仁美さんっていう非常に機能性の高い演奏家の存在ですね。実は同じ時期に彼女から篳篥の独奏作品を委嘱されてて・・なので並行して作ってた。

――「触草」も篳篥が特徴的です。

栄吉:そうですね。中村さんのために作った独奏曲をアレンジして6人編成にした、みたいなところがあるんです。

――ということは、篳篥を使うことは、わりと初めから狙いとしてあったわけですか。

栄吉:そうですね、ありました。

――この曲の編成は、篳篥と、あとは・・

栄吉:お箏、十七絃、三味線二挺に、竹笛ですね。

――三味線は中棹ですか?

栄吉:楽器の仕様を(松永忠一郎さんが)ぼくに合わせてくれたんで、これは中棹の音ですね。細棹だとちょっと合わないですからね。

――そうしますと出発点は、器楽曲ということと、篳篥を使うっていうことでしょうか?

栄吉:・・なんかね、ぼくってあんまり楽器一個一個のことから考えないんですよ。
足し算じゃないというか。この曲も、「あんな響き」とか「あんなムードの音」を作るにはこんな編成かな、みたいに最初は考えたんだと思います。

――創邦ではそれまでは唄ものばかりだったわけですけど、こういう、大編成ではな いけれどもそれなりの規模の編成で作ったのは初めてですか、邦楽器で。

栄吉:まあ・・でも、この曲は唄を使ってないっていうだけで。これまでもお箏やお笛はたいてい入れていましたし、入れるときはたいてい自分で箏パートも作っていましたし、第1回の「はつ恋」も6人編成ですし、ね・・

――ではそれまでと何か違えたつもりはないと?あるいは、この時点での栄吉さんの ひとつのまとめというようなところはあるのかしら。

栄吉:うーん、特にそれまでと違った意識はなかったんですけれども、ただね。たとえば十七絃・・低音のお筝ですよね。これはそもそもオーケストラ的発想・・「支えの低音」と「上モノ」っていう洋楽的な発想から考案された楽器じゃないですか。だから十七絃を使って・・ソロならまだしも合奏を・・作るっていうのは、俄然そもそも洋楽の方に寄っちゃう危険がある。だから、ちょっと自分としては禁忌してたようなとこがあったんです、こういうの。

――ああ、避けてた。

栄吉:うん。ですけどこのときはね、「もういいや何でも」って。時間的に追い詰められていたのもあり(笑)。

――栄吉さんとしては、ある種、リミッターを外した作品なのかな。

栄吉:そそそ。そういうことはあったと思いますね。邦楽らしい、ちゃんと清元のにおいのする「語法」の内側でやるっていう世界から、「まあなんでもいいか」っていう気持ちになったといいますか・・

――それが逆に新鮮っていうか、他の人には作れない世界になったと思いますけどね。

栄吉:三和音とかコード進行なんか出てきちゃうと、どうしてもそっち(洋楽的な)に注意が行っちゃうとは思いますけど。
自分としてはね、実は洋楽よりも、民族音楽とかガムランをやっていた(学生時代の)頃のスタンスに寄っちゃった部分のほうが強いんです・・ただあんまりそこんとこは聴いてもらえないみたいですねえ(笑)。

――御自身としては、リミッターを外しちゃって、解放感はあったわけでしょう?

栄吉:ただ「それやっちゃっていいの?」ってところはあったですよね。

――それはもちろんいいんじゃないのかなあ。
篳篥っていう楽器に対しては、もちろん「依頼されてたから」ということではあるん でしょうけど、なにか馴染みとか、好きとか憧れとかはあったのですか。

栄吉:芸大の雅楽の授業で・・芝先生の授業です・・篳篥はそれで教わったことがあるんです、ぼくは全然ダメでしたけど。
だから音域やなんかがわかってたのと、あと中村仁美さんと同級生だったので・・私が作曲科、彼女が楽理科の学生でした・・彼女はホントに何でもできちゃう人。

――それがやっぱり大きいんでしょうね。

栄吉:そうですね。あの、十七絃を弾いてくださった西陽子さんも芸大時代からの・・西さんは1学年上でしたけど・・知り合いです。
西、中村、僕で一緒にカヤグム(韓国のお筝)の授業うけてたこともあるんですよ。

――「創邦21」全体としてみても、これはひとつのエポックメイキングというかな、 とにかく残る曲だと思うんです。

栄吉:そこまではどうか知りませんけど、まぁあの、響きとしてはうまくいったところもあるとは思います。

――よく再演もされてますよね。平成26年の国立劇場の主催公演でもかかりました。

栄吉:ありがとうございます、お蔭様です。
しかしなんといっても竹笛の負担がすごく大きい曲なんですよ・・そうそうこれ、曲書いた後で描いたんですけど(と絵を見せる)。モスクがあって、月の光がこ う、差してね、なんとなく描いてみただけなんですけどね。

――いい絵ですね。イスラムなんだな。それも東南アジアのイスラムなんですね。

栄吉:大学1年のときにね、初めてジャワに行ったんです。出かける前の晩に編曲か何かのアルバイトして徹夜しちゃって。あわてて荷物作ってそのまんま寝ずに成田からインドネシア往きの飛行機に。そしたら現地ですぐ風邪ひいて熱出しちゃって。3週間以上もいたのに、その間ほとんど熱で寝てたっていう・・ジャワではサプトノ先生(注:創邦11面相・清元栄吉篇参照)のご自宅に居候したのですが、なかなか治らずほどんど寝てた。
街の中心街から少し外れた閑静な住宅街でした・・路地があって、平屋の家が並んでて。 で、毎朝早く・・明け方ね、近所から、ひどく音質の悪い、物売りの声のようなのがね、すごい音量で、がなり立てるんです、きまって明け方に。
暑くて眠れないからムヒをね・・蚊にさされたからじゃなくて・・全身に塗るとスースーして涼しいの。でようやくウトウトすると・・明け方、その物売りの声で目が覚めちゃう。
今もそれが耳に残ってる。
アザーン(※※)だったんです・・近所のお金持ちの家の門のとこに、小学校の校庭によくあるようなラッパのスピーカがついてたの。
※・・・栄吉は東京藝術大学の作曲科の出身
※※・・・イスラム教で、礼拝を告げる呼びかけ

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