創邦21の「藪の中」
金子 泰
「阿古屋の琴責」というお芝居がある。恋人の景清の居場所を知らないと言う遊女阿古屋が、噓をついていたら奏でる楽器の音色に出ようというので、詮議として三種の楽器を弾かされる。事程左様に音楽には、自分でも認知していないものまで滲ませたり、奏でる人と聴く人の心のどこかを共鳴させる力があるように思う。
芥川龍之介の「藪の中」を題材に、創邦21で音楽をつくる。音楽の力によって、登場人物の背後まで現れる瞬間に出会えたらよいがと祈っている。
「藪の中」を取り上げるにあたって、最初の且つ最大の難問は、原作との距離であった。一つの事象を複数の視点で語る構成こそが「藪の中」のキモだが、それに準じれば全編が語りになってしまう。それで良いのかどうか。
同人皆で話し合ってこちらの肚も漸く決まり、シンプルに登場人物を三角関係の人たちと第一発見者の木樵りに絞って、それぞれが語る構成に落ち着いた。誰がどんな嘘をついているのかはわからないし、犯人探しはたぶんそんなに重要ではない。それよりも、どうして三人とも「やった」と言うのか。そうか、「殺し」は罪の象徴、あるいはその人を映す装置なのだと思い至った。すると見えていた光景が変わったのだった。
現実に誰もが何かしらの罪を犯して、みにくい姿を晒しているのだ、彼ら三人のように。しかし彼らは語ることをやめない。原作のそこに吸い寄せられたのは、今のこの時代の要請もあるか。
今回、この作品で演奏を聴きたい方々に協演をお願いした。身内を褒めてしまうが当会同人の演奏力も高い。阿古屋ではないが、演奏そのものも味わっていただけたら幸いである。
(巫女の口を借りたる?)制作日記
5月26日
あれから随分経つのに、台本の音沙汰がない。芥川の「藪の中」で行きましょうと決めたっきり。毎月のように開いていた例会も、コロナでちょっと間隔が空いている。でも、そろそろ集まらないと。顔を合わせれば話も進むはず。(Y)
6月10日
初稿がグループLINEで送られてきた。うーむ。原作に寄るのか、今回の作者のものとするのか、判断が難しい。みんな、どう思っているのだろう。(E)
6月15日
久々の創邦例会。初稿を前に、意見を言い合う。何か筋の通った話があるべきなのか?犯人がわからないのが「藪の中」ではないのか?等々。けっこう一所懸命書いたつもりが、それが却って良くない。初心にかえって急いで書き直す。(K)
7月5日
二稿が来た。オリジナリティもある。ほぼこれでいいんじゃないかな。次は作曲の分担だけど、どこになるのか。(M)
7月8日
例会後、今回の演奏会の実行委員から皆へ連絡する。《この「藪の中」で作ってみたい箇所の自薦、ここを誰誰に作ってもらいたいという他薦のアンケートをとります。それを基に、こちら委員で割り振らせてもらいます。》(T)
7月29日
間を置かずまた例会を開き、実行委員の二人で考えた分担案を皆に提案した。方針や編成も説明した。粛々と(?)受け入れてくれた。それから皆でだいたいの尺を決めた。作曲の〆切を決めた。わかった、と頷く皆の頼もしさよ!ふぅ。これで昨秋からの重荷が1/9になった。(K)
7月30日
例会に出られなくて、分担を後で聞いた。えっ、ここをやるの?というのが正直な感想だ。編成も、だいたいの分数も決められている。ま、そういう括りがある方が作りやすいとも言えるかも?。(C)
9月4日
ひと足お先に本録音の予定だったが…ごめんなさい、アイスクリームを食べてもらって今日はお開き。(M)
9月10日
ぼくの前の所、四本の本調子で終わると聞いた。それに合わせる。(E)
9月15日
作曲〆切の前に曲はできたが、仮録音がなかなかできない。と言っている間に数日経つ。(C)
9月18日
語りが多いし、セリフ的な部分の扱い方が悩ましい。(Y)
9月25日
集まった曲を繋げて聴く。少々ご相談。同人に共有する。またご相談。で、決まる。協演者に送る資料も整えたし、ヨシ!(K)