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第14回 創邦21公開講座「創作のキモ」レポート

シリーズ名曲を聴く②
樹々の密(昭和49年)
ー 笛の音楽世界の拡張 ー

金子 泰

 9月19日、三連休の最終日の午後。大型台風の影響で時折強い雨風も吹く中、伝統芸能情報館3階のレクチャー室にて、14回目となる「創作のキモ」を開催した。悪天候にもかかわらず、たくさんのお客様にお越しいただいた。同人一同、心より御礼を申し上げます。

 今回は、「シリーズ名曲を聴く」の第二弾として、昭和49年の六世福原百之助(四世寶山左衞門)作曲「樹々の密」を取り上げた。お話をしたのは寶師の弟子のひとりである福原徹同人である。「笛の音楽世界の拡張」というサブタイトルが付けられた。
「創作のキモ」初の笛の回である。望月左太助さんにお囃子の実演のご協力をいただいた。唄と三味線は同人である今藤政貴、松永忠一郎が担当した。聞き手は私。

 二部構成とし、前半では篠笛と能管が長唄の中でどのように用いられているかを見た。まず、笛奏者がなぜたくさんの笛を袋に入れて持ち歩いているのかから始まり、楽器の話。徹独自の表現で、篠笛を「わかりやすい音階(?)」を奏でるものと説明した。
 そのあと、長唄の中での篠笛を
  ・三味線や唄とほぼユニゾン(?)で吹くもの
  ・囃子の手組に合わせて吹くもの
  ・きわめて即興的、アドリブ的、自由に吹くもの
  ・笙
と分類していた。実例として、祭囃子的な笛と太鼓を聴いた。
次に能管について。制作中の楽器や「喉」も見せた。寶師は、能管を「メロデーを否定している笛」とお弟子さんたちに説明されていたそうだ。長唄の中では
  ・能楽系 拍子合/拍子不合
  ・能楽系以外 拍子合/拍子不合
と分類していた。その中からサラシ、ネトリとトヒヨ(鳶の鳴き声の擬音)を聴いた。

 そののち長唄「賤機帯」を取り上げ、翔り~序ノ舞、狂言鞨鼓~笙、竹笛~段切、と三ヶ所の笛を聴いた。
 中で、「笙」は高い音を長く吹くもので、抑えた表現で悲しみの高揚が生まれる。「その時々の三味線の調子で笛を変える方もいますが、寶先生は調子にかかわらずいつも9本の笛を吹いていらしたので、ぼくもそうしています」という徹の言葉が印象的だった。

 休憩を挟んで後半は寶師について。そして「樹々の密」について。
 寶山左衞門師を語るに、まず笛の名手であること。また家元として花柳界などでの指導。 メロディメイカーであること。笛の記譜法をお父様の五代目百之助師と確立したこと。
 そして時代的なこと。寶先生は24歳で終戦を迎えられた。戦後、若い笛吹きが払底しており、片やさかんに新作が生み出されるという時代である。
 初期作品と言ってよいと思う笛独奏曲の「竹の踊」(1963)と「京の夜」(1970)を徹が実演した。曲調がイメージしやすいタイトル、そのイメージに、実際の曲も大きくは違わない。
 そこから1974年の笛四重奏曲(初演は笛三重奏だそうだが)「樹々の密」には、明らかに飛躍がある。それについて徹は、私見であるがと断りながら、舞踊家・花柳茂香師との製作過程によって得たものではないか、この曲が寶師の創作のターニングポイントとなったのではないかと述べた。
 実際に間近で見ていた徹によると、茂香師と寶師とのやりとりは禅問答のようであったとのこと。「樹々の密」により、笛の音楽世界が広がり、その後の「嵯峨野秋霖」「飛天」へと繋がっていくという道筋は、大いに納得できる。

 私は、笛をやっていない人としては、わりとよく「樹々の密」を聴いている方だと思う。 昨年12月28日に文化庁のAFF採択事業として、創邦21では、私たち同人にゆかりのある昭和の名曲を取り上げた演奏会「冬の特別公演」を行ったのだが、その選曲の際、徹さんに「寶先生の曲は「嵯峨野秋霖」と「樹々の密」とどちらにしようか」と相談された。念のため両方の曲を聴き直してからお返事をしたが、私の気持ちの中では最初から「樹々の密」一択であった。いつも、こんなタイトルをつけられたらいいなあと思い、具象と抽象、広さと深さ、喧噪とそれゆえの静けさに心打たれる曲である。

 さてその「冬の特別公演」での演奏を視聴して、最後に、寶師の創作や演奏を間近に見てきた徹の創作についての思いを訊いた。
 いろいろなことはやり尽くされた。何かの楽器と合わせてみるのも既にさんざんなされている。しかしそれだからやーめた、ではなく、それプラス何か、その先の「何か」を見つけていかねばならないというのであった。
 偉大なる先達が大切であるからこそ、そこを越えていかねばならないのだ。

 師への敬愛に満ち溢れ、笛を習ったことのない人、お弟子さん、カルチャーセンターなどで習っている人、笛によく精通している人、演奏家、舞踊家、研究者・学者すべての人を置いてきぼりにしない、心憎くも楽しい会であった。

(2022年9月19日 於 伝統芸能情報館3階レクチャー室)

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