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()いやつ』

杵屋 淨貢

書斎周辺の気に入り小物と云えば萬年筆始め筆記用具から新アイデアの事務用品、手作りの大振り湯呑み、更に学生時代からのスケッチ用品、カメラ関係、そして私の本職に大切な三味線用品と、あれもこれも全てお気に入りですと云うのは皆様とご同様でしょう。
  そこで私は変ったモノをご紹介致します。京都は八坂神社の下にある動物人形専門店で一目惚れして連れ帰った「ライオン」の人形です。私は人形を集める趣味も習慣もないのですから私の持物としては確かに変った品と云えますが、これこそは誰方にも気に入って頂けるモノだと思ってご紹介するのです。
  生まれは南米のウルグアイ、作者名がリンコナダと氏素性のはっきりとした焼物です。片手の四本指にチョコンと納まる小ささですが、焼物だけにしっかりとした重みがあります。まずその姿は、たてがみの立派さと後ろ足の張り具合が実に堂々たるもので、特に思い切り大胆な刀遣いによる深い切れ目はまこと百獣の王者としての風格、品格を感じさせます。加えて前足の爪が三本だけという省略が面白く、その爪の大きさが我こそは猛獣だぞという脅しにもなっています。
  シルエット全体は、木彫仏像の円空さんの粗削りを連想させますが、手に取って見ると身体全体に目には見えない程の細く浅い切り込みが無数ついていて、毛並を感じさせるという細かい職人芸の仕事がしてあります。しかし私が一目惚れしたのはその眼の出来栄えです。正に眼光炯炯として王者の威厳赫赫たるものですが、その目の色がなんと青色なのです。思わず深く覗き込みたくなるような美しい青色です。一度目が合うとなかなか逸らすことが出来なくなるようなこんな素晴らしい眼はめったにありませんね。
  そんな訳で連れて帰って始めは人形なのだからとガラス戸の中に飾ってあったのですが、その眼を見るとさわりたくなるせいか、いつの間にか机の上に住みつくようになりました。
 そうそう書き忘れましたが後ろ姿がとてもユーモラスなのです。大きく張った後ろ足の間から背中の上にかけて太いしっぽが勿論、あるのですが、その先になんと白い大きなリボンをつけているのです。百獣の王がリボンをつけているとはまことにけしからん身だしなみだと思いますが、それ故大笑いも楽しめるという姿です。
  で、机の上に住みついてからは適度な体重があるので紙を押さえたりして私の手伝いをしてくれるようになりました。そうすると便利なので、私が三味線を練習したり作曲する時には隅田川に面した和室の稽古場にも連れていって、譜面や資料を押さえてもらっています。作曲がはかどらなくなった時は、その目をじっと見つめていると音が湧き出るようにもなったのです。
  そのように一緒に仕事もするようになったのだからと息ぬきも一緒にと、TVでも見ながら一杯やる時にも隣りでTVを見させてやったりします。先日は北京オリンピックの開会式を見ていてウルグアイの選手団入場となったので「オイ、お前の母国の選手だぞ」と声をかけてやりましたら、少しシッポを振りました。いや確かにシッポを振りましたよ、白いリボンがヒラヒラしていましたから。
  ね、愛いヤツでしょ!

(初出:銀座百点)

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