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『すばらしき先人たち』

今藤 政太郎

 先だって、といっても二ヶ月ほど前になろうかと思うのですが、日曜の夜いつも見ているN響の番組のあとチャンネルをそのままにしていたところ、水墨画を紹介する番組を偶然見ることができました。ぼくには水墨画がいいのやらどうなのやら全然わからないのですが、ふとテレビの画面の絵に吸い寄せられました。
 それは谷文晁(たに・ぶんちょう1763‐1841)の梅の絵でした。もちろん水墨画のこと、鮮やかな色彩があるわけでなし、本来は地味な色調のはずなのですが、なんとも鮮やかな光彩を放っているような絵でした。画面中央にどっしりとした梅の木が力づよく描かれ、上の枝に華やかに咲いた梅が月の光(?)に照り輝いているような絵でした。墨の濃淡だけで色鮮やかに照り映えているように感じられるのは何ということだろうと思いました。谷文晁という画人の名前はもちろん知っていましたが、墨だけで梅の輝く様を描ききってしまうその絵の力に「参った!」というかんじがドスンと入ってきました。
 この絵が描かれたのは18世紀後半から19世紀初めだろうと思うのですが、光を描いたとして有名なマネやモネなど印象派の活躍した時代に先んずること半世紀強の、まさに光の絵なのです。つくづく江戸時代の文化の力に驚嘆しました。

 江戸文化、それも精神文化に関しては、欧米とは質こそ違え、大袈裟にいえば欧米のそれをはるかに凌ぐと言っても言い過ぎではないと思っています。

 谷文晁の梅の絵を見てからしばらくして、高名な映画監督とお話する機会がありました。その方も日本の文化、なかんずく江戸期の日本の文化について、たいへんな興味と薀蓄をお持ちで、「江戸の文化は世界に冠たる文化なんです。ぼくの映画の音楽をよく作ってくれていた高名な世界的作曲家も同じ見解で、彼とそのことをよく話し合っていたんですよ」とぼくに話してくれました。
そして監督曰く、江戸の文化を単に江戸の文化と言ってしまうのはあまりにも矮小化した評価で、たとえばエジプト文明、黄河文明などと同列に論じてもいい「江戸文明」とでも言うべき立派な文明である、と。殊に美意識ということに関しては、現在の人類がもう持ち合わせていないほどのすばらしいものである、と力説されていました。
 その話を聞きながらぼくは強い共感を抱くとともに、その「江戸文明」を直に引き継いでいる邦楽人のひとりとして、大いなる誇りと、それを大事に守りかつ発展させなければという思いが胸にあふれた次第です。

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