創邦21 第16回作品演奏会 創作Q面 創邦11面相

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ヨミモノ

創邦11面相

笛吹き同人福原徹が活動中の10人の仲間を巡る旅、題して創邦11面相
今月は月島の自宅稽古場に杵屋淨貢を訪ねる。

杵屋淨貢篇

骨太のロマンチスト [後篇]

歌舞伎の作曲と創作邦楽の作曲

――さて、いよいよ淨貢さんご自身の作曲について伺いたいんですけど、歌舞伎のお仕事をなさってますからその中で作る必要がありますよね。それと、創邦などでのオリジナルというか歌舞伎のためじゃない曲というのと。作り方に何か違いはあるのですか。

杵屋淨貢:あのねえ、歌舞伎も最初にぼくが作らしてもらったのが『十二夜待ち』って木下順二さんの民話物なのね。それまで作曲してきているから、いろいろ引き出しがあるわけじゃないですか。それの、どの引き出しのものでやるのかっていうのがね、作品の狙いがわからなきゃ作曲出来ないなって思っていたの。その『十二夜待ち』は民話だから、今藤先生も民話物はよくお作りになっていたし、ぼくの中でもそういうもので作るんだけど、やっぱり演奏が歌舞伎の演奏者だから、あんまりモダンなものを作るよりなるべくクラシックなものでどうかな、ぐらいのことは考えましたね。(二世)松緑さんがぐうたらな息子で、あとはおばあちゃんが出てくるだけのものだったから、そんなに大きな動きはなかったわけだけど。それから歌舞伎十八番ものの復活をね、松緑さんがやっておられていたので、『鳴神』とか『矢の根』とか今やってる曲はあるけど埋もれちゃった曲があるから、それを紀尾井町(松緑)が復曲したいと。「巳太郎(=淨貢。当時)、作ってくれ」っておっしゃってね。それでぼく、今藤先生に相談に行ったのかなあ。てのは、調べたら先生のお父さんが『七つ面』を作った記録があった。だから話を通しておいた方がいいと思って。そうしたら、「いいんだよ」って。「どんどんやんなさい。うちの親父が作ったのはその時の七つ面だけど、今度は新しく紀尾井町が作るっていうんだから、お前がやるんだから自由に作った方がいいよ」ってんでね。台本が来て、見たらもう完全に長唄ですよ、古典長唄。だから自然にホンが来るとそれ見てこれは古典手法だなってなるわけね。歌舞伎で新しいふうに作ったのは、俳優祭で『白雪姫』をやった時の、動物たちの踊りのところくらい。そこはもう創作でやったけど、お蔭様でとっても評判がよくて、今までに3回くらい俳優さんの世代変えてやってる。気楽な演目だから、山台で弾きながらみんなで笑ってたんだもの。

古典的手法による曲

――歌舞伎で古典的に作る場合っていうのは当然その今までの古典の長唄がベースになるわけですよね。一方で、今藤先生のところでの創作のときは、そこから離れるっていうわけではないでしょうけど、どっちかっていうと新しいオリジナルなものを作れというかんじだったと思うんですよね。

淨貢:そうですよね。

――そのへん、どうなんですかね。古典ベースだからって新しいものを何にもやらないで作った場合はなかなか古典の先に行けない面ってあると思うんですよね。創作邦楽を学んだ時に今藤先生の作品に触れたり実際に見てもらったりしたことが、古典的な曲を作る時にも生かされているんでしょうかね。

淨貢:ぼくはやっぱりそう思いますね。あの、新しい手法でも古典的な手法でも、その組み合わせは演奏の仕方でまた変わるし、うんとクラシックな手法でもモダンに演奏すればそうなっちゃうわけだしね。・・・でも、歌舞伎だからっていって手法を悩んだりは、ぼくはしないですねえ。素直に作っている。あのねえ、歌舞伎の場合は古典とか何かっていうより、世話か時代か。それをまずはっきり定めないとね。だから大時代のものでも必ず世話っぽくなさる場所もあるし、俳優さんによってはまるっきり生世話なセリフの言い方をなさったりもする。それから、世話物の台本でもお侍さんが出て来てるようなセリフしかおっしゃらない方もいるでしょ。だから時代と世話を敏感に感じとってやっていかないと。

――それはやっぱり経験で使い分けられるものですかね。

淨貢:そうですね、いろんなものを見ていて、新歌舞伎なんかも見ていて、ああここは世話でやってるとか見て。それと俳優さんの好みがあるからね。

経験を積むこと

――たとえば舞踊家さんとかお芝居の場合は役者さんなり演出家さんなりがいると、ある程度注文に応じなきゃいけないじゃないですか。一方たとえば創邦で自分の曲をやるっていうときは何も注文はないわけですよね。そういう注文のない場合の足掛かりはどんなものなんでしょう。やりたいようにやるっていう、それしかないんですかね。

「日追の径」(海津勝一郎作)

淨貢:それは創邦でも、一つの曲を単独でやる場合と、合同曲(共同作曲)でやる場合とでは違ってきますけどね。あのー、舞踊曲でぼくは花柳寿楽先生にたいへんごひいきにしていただいて、いろいろ7曲か8曲くらい作ったのね、寿楽先生の会で。その時に海津勝一郎さんが台本書きましたからそれが素晴らしかった、それで随分勉強しましたね。でやっぱり、もちろん舞踊家だけども歌舞伎舞踊の指導をなさる方だから、歌舞伎の寸法なんですね。全部ね。花道の出も歌舞伎座の寸法をイメージして。そういうのは、ぼくたちはすぐ作れるんですね。それから下手から出る、上手から出るときの寸法。それはもう必ずぴったり合ってましたね。それはもう経験ですね。

――その、何の制約もなく単独で曲を作るという場合に、自分の好きなようにできるというのはたしかにそうなんですけれども、しかし取りとめないとも言えるわけですよね、制限がないから。淨貢さんの場合は「こうやって作る」なんていうのは何かないですか。

淨貢:いやそれはないでしょう、その時その時ですねえ。

――普段作り続けて作り慣れているから作れる、ってことなんでしょうかねえ。。

淨貢:じゃないかなあ。出て来ちゃうでしょ、パっとね。出て来ないときはね、三味線をもう放しちゃって、違うことやってるんですよ(笑い)。芝居の場合の作曲はわりと時間がないから、なにしろ作っちゃおう、明日までに作れっていうんだからやるっきゃない、そういうかんじですよね。しかも演奏者がすぐ覚えてすぐ弾かなきゃいけないから、難しいことはできない。だからぼくのおじいさんの五代目巳太郎の作った曲は、ほんとうに手は易しいです、『棒しばり』でも『茶壺』でも『身替坐禅』でも。すぐ弾けてすぐ唄えてっていうね。でまあ、芝居の流れがわかってて作ってるというかんじがあるからね。そこいくと今藤先生の曲はたいへんだ、弾くのがたいへん。先生の曲は難しいですよ。

――もし淨貢さんが作曲を教えると仮定して、どうなさいますか?人によっても違うと思うんですが、まず自分で枠を作らずまず作ってみよという方か、それともある基盤があってそこからだんだん積み上げていく方がいいのか。その辺は何かお考えはありますか?

淨貢:ん、あのねえ、人によるとは思う。でもね、やっぱりやらせるのがいいんですよ。実際作るってことが。だから(今の)巳太郎は早くから、若い時から芝居の附けでもやらせたから、当然作んなきゃいけないし、どんどんやってました。ぼくは何も教えなかった。

――今の巳太郎さんは、創邦でなさるものは斬新じゃないですか。それでお芝居の方はきちんとそのようにやってらして、すごいなと思いますね。

淨貢:『ほら男爵』も面白かったね。あんな作り方してさ(笑い)、・・・とにかくね、演奏が上手くても全然作曲をやらない人っていうのは、どうなんだろうね。演奏するのに曲の分析や解釈ができてないと、その手が弾けないじゃないですか。ねえ?ぼくそう思うの。やってるうちに、「だからこうなんだ」とか「これはちょっと時代になってるな」っていうこともわかるし。

――洋楽は作曲家と演奏家がある時から分かれましたよね。でもいいことか悪いことかわかりませんが、邦楽はとにかく作った人が演奏して教えて、でまたちょっとずつ変えて伝えていくのでしょうけど、その邦楽の演奏家の場合は作曲できなければいけない、作曲も含めて演奏家なんじゃないかと思うんですけどね。

淨貢:だって、三味線の手でも作曲が出来た方が早く覚えるだろうし。よく不思議な覚え方する人がいるからねえ。半端なところで切っちゃったりして。フレーズ感が大事でしょ?お稽古するのでもフレーズごとにお稽古するでしょ?

――淨貢さんはたくさん作られていて、作曲のというか音楽の引き出しもたくさんおありになる。で、また絵もお描きになる。

淨貢:そう、志賀高原でレストランに入ったら夕焼けが綺麗で、それをサーッとスケッチしたこともありましたよ。

――夕焼けが綺麗でもなかなかふつうはそこで描こうって思いませんけどね。たぶん淨貢さんは「作る」方だと思うんですね。それは何でですかね。ものを作るっていうことの、何か源泉があるんですかね。日頃から気を付けていることとか。

淨貢:ないねえ。・・・亡くなった団十郎さんがやはり絵がお好きで、楽屋行くといつも何か描いてらした。ぼくも地方行くときは、必ずスケッチブックと絵具は持って行きました。そうだね、作るのが好きなのかもしれないね。描くのはぼくは風景画。風景を切り取るわけでしょ。山歩きの時もいつもスケッチブックは持ってたなあ。ほんとうに線だけ描いて、あとはホテル帰ってからとか東京に帰ってから完成させるわけ。河竹登志夫先生もしょっちゅうスケッチなさってた。韓国公演に参加した時に、僕が「ああここ面白いな」と思って描き始めてたら先生が隣で立ち止まって、並んで描いたこともあった。「巳太郎さん、このペンはいいよ、使ってみたら?」なんて教えてもらったりしてね。

――絵をお描きになったのは、小さい頃からなんですか?

淨貢:中学入ってから。中学で美術部に入ったものでね。高校も3年間絵を描いてた。

――今藤先生も陶芸なさったりしてましたよねえ。

淨貢:そう!で、「まーちゃん、お前も焼き物やれよ。絵が好きなんだから絶対いいから」っておっしゃってくださって。ホラそこに「寿」って書いてある焼き物が飾ってあるでしょ、それは先生の還暦記念か何かで、ご自分で焼いてお弟子さんたちがみんなもらったの。先生はまず字が上手で、それから本をよくお読みで、思えば歴史なんかも良く知ってて。いろいろなさって、それが年とって最後はカタイもの(笑い)、焼き物までなさって。「まーちゃん、おまえもやれよ」って言うから「いえ、私はもっとヤワラカいものを。カタいものはもっと年取ってから」って言ったら、先生、言いやがったなって顔でニヤって笑ったよ(大笑い)。

現在を語る

――淨貢さんは政太郎さんとお二人、「創作邦楽研究会」の時代からなさっていて大先輩なんですが、今の創邦のわれわれとか、創邦でなくても今の邦楽界って、どんなふうに見えますでしょう?

淨貢:そうねえ、やっぱりエンジンがかかるまでは引っぱりこんじゃうぐらいのつもりじゃないとだめだねえ。創邦もさ、今のメンバーで自由に作曲できるようになるまで、ずいぶん時間がかかったなと思って。

――それはもう淨貢さんと政太郎さんのお蔭でして。

淨貢:それはもう二人で口を出さないように気を付けてね。でもまだしゃべりすぎる(笑い)。でもいい雰囲気になりましたよねえ。

――うちの先生(故寶山左衛門)が、昔の演奏家はすごく癖があったと。今の若い三味線の人が昔に行ったらみんな名人になっちゃうくらい上手い。だけどなんかスケールが大きくないと。

淨貢:今はほら、テープがあるから。ね。わりと芸風もなく来たテープでやっちゃうじゃない。そこで断固として七代目伊十郎の節で唄う!なんて人はいないもんね。だけど上手い。揃うしね。昔はそれぞれにね…芝居でも、たとえばツケ打ちも役者それぞれに付いていて、偉い方たちが出たらそれぞれにバタバタやっていたらしいよ。一人ひとり全部、打ち方が違うから。

――ええっ。

淨貢:うるさかったろうね、三人ぐらいでバタバタバタバタッってやったらさ。そういう時代もあったらしい。

――創作の新しいものにも、そういう部分を入れてみたいと思っちゃうところですよね。音楽的ではないところといいますかね。

淨貢:そうね、音楽じゃない部分の良さというかなあ。・・・ぼくも生意気なことも言ってましたよ。今藤先生はね、テクニシャンだったから、びっくりするような超絶テクニックをクルッと弾いてらっしゃった。だけど欠点はね、超絶テクニックの演奏で、もしミスが出た場合は、それがスカ撥でももうだめだ、ぼくはそう思っているのね。演奏ってのはナマだから、撥が当たり損なったりベストの音が出なかったりすることもあるじゃないですか。でもそれも含めて、芸っていうのは評価されるから。だから超絶テクニックだけで攻めていると、もしちょっとでもスカ撥したら全体がぶち壊しってことになるから、それだけじゃないんじゃないかなって。そんな生意気なことを思ってた時もある。

――ご自身で、今度はこういうのを作りたいというような狙いというか、何かありますか。

淨貢:それはね、創邦21はメンバーに作家がいらっしゃるからね、楽しみですよ。自分の考えるのとは全く違う世界でやるから。たとえば臓器移植の話。あれはびっくりしたね、あんなテーマが出てくるとは思わなかった。やっぱりホンありきだからね。

――では今個人的に凝っていることって何かありますか?絵以外に。

淨貢:そうねえ。お酒飲むことだね。でも行きつけの店では三杯目は出してくれなくなっちゃった。あとは、やっぱりいまだに絵を見るのが好き。もう美術展ってったら必ず行く。一緒に絵を見に行く仲間がいるんですよ。ルネッサンス以前の宗教画はぼくはあんまり好きじゃなくて、あとはもう何でもいいけど、まあ風景画かな。人気のものをゾロゾロ行列して見るのはしないけどね。行列の後ろからスーッと見て、あとであの部屋はあれだけもう一回見ようって、そんなふう。好きなのはシスレーとかマネ、モネ。あのへんの時代ね。ゴッホはもうみんな見ちゃって覚えてるし。あとは山歩きね。低い山を巡り歩く。尾瀬沼とかね。この夏上高地にも行ったんだけど、穂高は見るけど登らない。息子に厳しく止められちゃったからさ。山歩きも一緒に行く仲間がいるの。絵を見に行くのとは別のね。今みんなコレでしょ(キーボードを打つしぐさ)、ぼくもフェイスブックやってたんだけども、やめちゃったんだ。忙しいから。あれ、しょっちゅう見て返事出さなきゃならないでしょう。

――でも淨貢さん、メールのお返事早いですよね。高校生並みに(笑い)。

淨貢:そりゃ、早くお返事しなきゃ困るだろうと思ってね、来て読んだらすぐにピッと返す。そうじゃなきゃ忘れちゃうってのもあるしさ(笑い)。あの、創邦がさあ、わりと相談事で集まっているけど、集まったらこういう雑談をする時間がねえ、欲しいよねえ。面白いもんね。

――そうですねえ。いやいや貴重なお話をありがとうございました。

 

(2015年9月16日 月島・杵屋淨貢自宅稽古場にて)
ききて:福原徹、記録:金子泰

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